ディジュリドゥアーティスト 画家
単身で渡豪した、オーストラリアで数々のコンペティションに参加し入賞。 98年アボリジニーの聖地アーネムランドにて開催された「バルンガディジュリドゥコンペティション」では準優勝し、ノンアボリジニープレイヤー として初受賞という快挙を果たす。国内外の大型フェスにも多数参加し、自身の10周年の活動をまとめた映像制作をしていた09年交通事故に遭い高次脳機能障害の症状が後遺しMTBI(軽度外傷性脳損傷)と診断され活動を休止。事故後まもなく突然緻密な点描画を描き始める。プリミティブでありながら親しみやすい抜群の色彩感覚と自由な発想で、未来へと生きる事に向き合った「純粋な創造」ともいえる絵画作品は、2010年夏に行われた初の個展『記憶展』として結実し、各種メディアや全国版の新聞にも取り上げられ社会的な関心を集めると共に連日大勢の人々が詰めかけた。その後も懸命にリハビリを続け再起不能と言われた事故から苦難を乗り越え2011年6月に静岡で行われた野外フェスティバル「頂」にてシークレットゲスト出演をし、FUJIROCK FESTIVAL’11にて伝説のライブを行い、奇跡の復活を成し遂げた。